教職員必読!学生の未来を変える“本気の指導”とは?

2025年2月25日

厳しい指導とパワハラを混同するな!

最近、教育現場や職場で「パワハラ」という言葉が過剰に意識されすぎているように感じる。もちろん、度を越えた指導や暴言、人格を否定するような行為は決して許されるものではない。しかし、厳しい指導そのものが悪いわけではない。むしろ、時には心を鬼にしてでも方向を示してあげることが必要な場面もあるのではないか。

ある学生の気づき:本気の指導が人を変える

私が2024年の授業で関わった、理工系の2年生の学生がいました。彼は当初、挨拶もできない状態だった。しかし、私は彼に「挨拶をせずに入室するなんて論外だ」と厳しく指摘した。その瞬間、彼は悔しさと惨めさを痛感し、本気で挨拶運動に取り組む決意をしたという。

彼は自宅の鏡の前で笑顔を作る練習をし、丹田呼吸法を使ってお腹から発声する訓練をした。親に「何やってるんだ」と引かれるほどの努力を続けた結果、授業でもアルバイト先でも彼の挨拶は周囲にエネルギーを与えるものとなった。

この変化は、最初に厳しい指導があったからこそ生まれたものだ。もし「まあまあ、できなくてもいいよ」と甘やかしていたら、彼の成長はなかったかもしれない。

自閉症の画家が生まれた理由

もう一つ、忘れられないエピソードがある。新居浜商業高校の生徒だった自閉症の少年が、今では画家として活躍している。彼のお母さんは、一般的に見れば「厳しすぎる」と思われるような教育を施していた。彼女は「この子は一人で生活できないからこそ、誰かのお世話になる人生になる。そのために、人からかわいがられるような子に育てる」と考え、しつけを徹底した。

例えば、勉強では無理やり机に座らせることもあった。外から見れば「かわいそう」と思われるかもしれない。しかし、本人は「もしあの教育がなかったら、今の自分はなかった」と感謝している。彼は今、高校の講師を務めながら、海外のコンクールでも受賞し、体育館などで展示会を開くまでになった。

厳しさは愛だ

この二つの事例を見ても、厳しい指導とパワハラは別物だと分かるだろう。厳しさには愛が必要だ。そして、その愛があるからこそ、指導を受けた人が成長し、自立できるようになる。

もちろん、指導者は感情に任せて怒鳴りつけるのではなく、相手を思いやり、成長を願う心を持たなければならない。だが、今の風潮は厳しい指導をすぐに「パワハラ」と決めつけすぎているように思う。

本当に大切なのは、相手の未来を考えた上での指導ができるかどうかだ。厳しさの中に愛があるかどうか。それを見極めることこそが、今の時代に求められているのではないだろうか。


もっと具体的な指導方法や就活に関するアドバイスが知りたい方は、お気軽にお問い合わせください!